日本の漆芸について知りたい人におすすめの本

根付の知識が増えるにつれて、漆芸についても知りたくなりますよね。根付と違って漆芸は本がたくさん出版されているので、「どれから読んだらいいのかな?」と迷ってしまう人もいるかも知れません。今回は、そんな方におすすめの本をご紹介します!

私こと駒田牧子は美術工芸の翻訳を始めて間もない頃、漆芸関係の仕事を受けるたびに困ってしまいました。根付彫刻とは全く違う世界だし、知らない専門用語がたくさん出てくるし…。漆芸の基本的なことをもっと学ばねばと思いましたが、堅苦しい本だと読み切れる自信がありませんでした。

漆芸全般がわかって、しかも読みやすい本はないだろうか?と探しているうちに、いわば古典的名著に辿り着き、大好きな一冊になりました。それは松田権六著『うるしの話』(岩波文庫、2001年)です。私の父も同書(岩波新書版1964年刊)を読んでいたと、後になって知りました。

「漆のバイブル」とも称されるこの本、漆芸の基本的なことが網羅されていて、日本の漆芸を専門とする学芸員さんはたいていお読みになっています。そして私が「英訳に携わりました」と言うと、皆さん「えっ?!」と驚愕します。この本は翻訳するには難しすぎると思うからです。私も実際に携わるまでは無理だと思っていました。

ある学芸員さんの言葉を借りれば、「この本は一般書の体裁ですが内容は専門書並み」なのです。逆に言えば、専門書並みに難しい内容が一般書のように分かりやすく、というか、分かったような気にさせてくれて、すらすら読めてしまいます。

しかも、読み物として実に面白いのです!著者は明治生まれで蒔絵の人間国宝として戦後の日本文化を牽引した松田権六先生。特に本書後半の自伝は、武勇伝さながらです。

拙著に素敵なご感想(詳しくはこちら)をお寄せくださったコピーライターの秋山俊則氏も、2019年にこの本について次のように述べています。

「うるしの話」も先週末にちょうど読み終えたところです。

松田権六という人物は柳之先生からお聞きして初めて知ったわけですが、一言でいえば、真に尊敬に値する凄い人ですね。

この本を読んで「漆」についても目からうろこが落ちる思いでした。漆の作り方から漆作品の制作工程、各技法、日本各地の漆芸、さらには船舶や建築、万年筆の話など、実に興味深く楽しく読ませていただきました。

特に船内塗装の話で反対する人々を反駁し、結果的に潮風にも負けない漆の優位性を実証したくだりでは胸のすく思いがしました。

東京オリンピックを来年に控え、多くの日本文化が海外に紹介されている今日ですが、この本は国内においても漆芸を志す人だけでなくもっと広く読まれるべきものだと感じました。

そうした中で、こうした素晴らしい本の翻訳を手がけられたことは大いに誇れる仕事であり、最高に名誉なことだと思います。

こう述べられた秋山さんは、本書でますます漆芸と蒔絵に興味を持たれ、最近(2023年1月)、次のようにおっしゃっていました。

おかげさまでこの本を読んで以降、蒔絵作品を見る目がずいぶんと変わりました。

昨年開催された「国宝 東京国立博物館のすべて」展においても、教科書に掲載された作品群はもちろんですが、とくに蒔絵をじっくりと鑑賞してしまいました(笑)。

技法やその分野の背景を知ると、興味が増して見る目が変わり、作品がより深く味わえます。作品を見た時の理解度が高まるからです。これこそが、工芸に関する良書の効能だと思います。特に、優れた作り手による良書はその効果が絶大です。

例えば、八橋蒔絵硯箱(画像はこちら)をはじめ琳派の蒔絵は大変人気がありますが、その素晴らしさはデザインだけでないことが本書を読むとわかります。琳派のこのような作品には、かなりの腕前と充分な設備が必要な「塗立(ぬりたて)」、「塗放し(ぬりっぱなし、ぬりはなし)」と呼ばれる技法、すなわち最終的に漆を塗ったまま磨かない仕上げ方が用いられているのだそうです。そこが本物と模造品と見分けるポイントになりうるのだとか。こういうことを知ると、まさに作品を見る目が変わります。

そして、松田権六先生の生前の動画が下記リンクからご覧いただけますが、本書を読んだ後では先生の言葉にさらなる重みを感じます。
https://www2.nhk.or.jp/archives/jinbutsu/detail.cgi?das_id=D0009250143_00000

余談ですが、本書では輪島漆器について辛口のことが書かれていますが、輪島の作家さんたちは近年優れた作品を生み出していて、世界的にも高く評価されています。今は亡き松田先生がそれを知ったら喜ばれるのではないでしょうか。

業界ではロングセラーとして知られる本書。最近は印刷されていないのか、中古でしか手に入らないようです(下記リンクでご購入いただけます)。岩波文庫さんにはぜひ増刷していただきたいものです。

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興味の湧いた方はぜひご一読ください!大好きな本なので長々と書いてしまいましたが、お読みくださりありがとうございました!

駒田牧子

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『うるしの話』英文版の裏話も投稿しました(ここをクリック)!


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