日本の金工(金属の工芸品)が身近に感じられるお薦めの本

鏡蓋根付やたばこ入れの前金具、刀装具など、根付の知識が深まるにつれて日本の金工についても知りたくなりますよね。とはいえ、私のように女性にとっては西洋風の金銀のアクセサリーは身近に感じても、日本の金工は男性中心の世界。少々近寄り難い雰囲気を感じていました。

ですが、ある本と出合ってから、金工の世界に親しみを感じるようになりました。それは、大角幸枝(おおすみ ゆきえ)著『黄金有情 − 金工のものがたり』(里文出版、2016年)です。

本書は根付やたばこ入れ、刀装具を主とした本ではありません。しかし、金工を理解するにはもってこいの本であり、根付や刀装具も日本の工芸という広い視点で捉えた方が深く享受できると思いますので敢えてご紹介します。

著者の大角幸枝先生は女性初の鍛金(たんきん)の人間国宝です。本書は先生が自分史を軸としながら、鍛金、金工ひいては日本の工芸界を概観し、女性工芸家として生きていくことについて語っています。いわば『うるしの話』の金工版です。(先生も『うるしの話』を若い頃に愛読されていたようです。)

先生のご専門の鍛金とは金属を叩いて形を作る技法で、刀装具や根付の鏡蓋に多用される彫金とは異なります。本書には彫金の作品は載っていませんが、なぜ本書をおすすめするのか?それにはいくつか理由があります。

まず、先生は鍛金だけでなく彫金もされていて、本書では両方の技法・材料・道具が解説されていることです。両方を広い文脈の中で知ることができます。作り手でない人が書物や見聞きしたことだけの知識で書いたものと違って、経験豊富な最高峰の作り手自身の解説なので信頼がおけます。

しかも、作り手としてのご自身の経験や関係者の具体的なエピソードが散りばめられているのです。技法・材料・道具の記述はともすれば無味乾燥というか、私のような門外漢には意味不明な言葉の羅列になりがちですが、本書は人間味のある話として興味深く読み進められます。(技法等の解説のなかで刀装具の有名な作者の名前も挙げられています。)

余談ですが、本書を読むと、道具や技法は違えど根付彫刻でもよく話題になる「毛彫(けぼり)」という用語が出てきたり、背景や隙間を埋める地模様がこれまた道具も技法も異なるのに漆芸のように「地蒔(じま)き」(蒔絵用語からの転用でしょうか?)と呼ばれていたりすることがわかります。そういうことを知るにつけ、根付彫刻も漆芸も金工も、同じ日本の工芸として影響しあっているのだと感じます。

そして、本書はとにかく広い視野で書かれているので、日本の金工について歴史的・地理的に大きな文脈の中で捉えることができます。例えばイギリスの銀製品など世界各地の金工と日本との比較が随所に述べられています。自分の知識と結び付けながら、「なるほど、日本の金工にはこういう特徴があるのか!」とそのつど理解が深まります。

さらに日本の工芸や文化についても洞察に満ちています。先生は陶芸や染色、漆芸など、工芸各種を学ばれ、金工作家として英国で1年間研修をされるなど海外でのご経験も豊富なうえに、大変な読書家なのだろうと思います。(随所に他の本の引用がなされているだけでなく、各章が名著などからの引用で始まっています。欧米の本みたいでカッコいいなぁと憧れますが、これって相当な量の本を読んでいないと出来ないんですよね…。)

また、女性にとっては、金工という男性中心の社会で活躍してきた先生の生き方や考え方に共感する点があると思います。もちろん男性にもお薦めです。金工の世界が、ある意味一歩引いた目線で語られているので、男女問わずこの世界に馴染みのない人にも分かりやすいのです。すでに金工や刀装具に親しんでいる人も、もっと大きな視点が得られるのではないでしょうか。

本書を読むと、金工作品に対して今までより身近に感じられ、客観的にその良さを見出せるかもしれません。さらに、日本の工芸や文化について視野が広がる、そんな一冊です。下記リンクでご購入いただけます。ぜひお読みください!

アマゾンハイブリッド型総合書店hontoYahoo!ショッピング

駒田牧子

http://koryuen-jp.com/wp-content/uploads/2020/10/makiko-face.jpeg

大好き本なのでつい長くなりましたが、この投稿を最後までお読みくださりありがとうございました!


香柳園はAmazon.co.jp, Amazon.com, Amazon.co.uk アソシエイト・プログラムなどのアフィリエイト・プログラムに参加しています。上記のリンクをクリックしてご購入いただくと、香柳園に少額の手数料が入ります。ありがたく香柳園の活動に役立てたいと思います。